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【書評】永遠のゼロ(百田尚樹著)

 

すごい小説だった。自分の歴史観がいかに浅いものだったか、思い知らされた。特攻で亡くなったパイロット達の想いを想像するには、現代の日本はあまりに平和過ぎるのかもしれない。 
 
 
この物語の主人公は、司法試験浪人生の佐伯健太郎。四歳年上の姉の佐伯慶子に頼まれて、自分と血の繋がった祖父である零戦パイロット「宮部久蔵」が一体どんな人間だったのかを、若き日の宮部を知る元零戦パイロットの証言をもとに浮かび上がらせていく。
 
最初の数章は、スピード感に欠ける小説だと思った。百田尚樹は「夢を売る男(太田出版)」のようにテンポ感のある小説を書く作家だと思っていたためだ。本書で出てくる難しい戦闘機の名称や、任務など、慣れない単語が十分な説明なくどんどん出てきたので、なかなか頁を進めることができなかった。
 
しかも、最初に慶子と健太郎がインタビューした元零戦パイロットは、彼らの祖父、宮部のことを「海軍航空隊一の臆病者」とひどく罵る。
「臆病者の零戦パイロットの話が永遠数百頁に渡って続いていくのか?」と暗澹たる気持ちになったが、それはとんでもない勘違いだと後になってわかった。
 
宮部久蔵は、「一流の技術を持った天才」だが「死を恐れている」パイロットだったのだ。
 
平和な今の日本では、死を恐れるのは普通のこと。
しかし、当時は「御国のために命を捧げる」という考え方に支配されていたために、宮部のような存在は、奇異の眼差しを周囲から受けることになる。
 
「必ず生きて帰る。」
 
それが宮部の口癖だった。彼には幼い娘がいたが、戦争中で会うことができていなかったのだ。
 
 
「娘に会うためには、何としても死ねない。」
 
 
そして、元海軍飛行兵曹長、井崎源次郎が宮部との思い出を語る場面から、物語は大きく展開する。井崎は入院中で、体調が優れない様子だった。
 
宮部の部下だった若き日の井崎も、当初は宮部のことを臆病な人間だと思っていた。しかし、少しずつ宮部に対して尊敬の眼差しを抱くようになる。やがては井崎自身も、宮部のように「生きて帰りたい」と思うようになった。
 
そんな中で戦況は悪化していく。上層部は、宮部と井崎がいたラバウルから片道1000キロもあるガダルカナルで戦闘を行なう無謀な作戦を命じた。
 
そのせいで、腕利きのパイロット達が次々と命を落としていく…。しかし、井崎は生き残った。宮部の「い・き・ろ」という最後の言葉を胸に。
 
 
インタビューの最後に井崎はこんな言葉を残した。

「なぜ、今日まで生きてきたのか、今、わかりました。この話をあなたたちに語るために生かされてきたのです。」
 
井崎はガンに冒されていて、医者から告げられた残された時間を過ぎてなお、生き永らえていたのだった。
 
 
井崎へのインタビューの後は、
「なぜそんなに死を恐れた宮部が特攻で死んだのか?」という点に「なぜ?」の焦点が絞られ、一気に物語はスピード感を増す。
 
 
 
さて、本書で特筆すべきは、著者の取材力の高さだろう。
刊行後にテレビ番組で「200~300冊の参考文献を読んだ」と語っているが、本書を読むとこの言葉も大変頷ける。
 
執筆にあたって行なった綿密な下調べが、宮部と関わりのある元零戦パイロット、整備兵、通信員が語る内容に、実際のインタビューと錯覚するようなリアリティをもたらしている。
 
このリアリティは、今まで多くの戦争未体験者が感じることができなかった部分であり、不遇の時代を生きた若者の心中を読者の内面に映し出し、戦争の悲しさを強烈なインパクトとともに伝えているのではないだろうか。
 
 
 
余談になるが、宮部久蔵が特攻で亡くなった年齢、主人公の佐伯健太郎の年齢はともに26歳。くしくも自分が、同じ26歳でこの小説に出会ったことは単なる偶然なのだろうか。何か因縁めいたものを感じずにはいられなかった。
 

 

永遠の0 (講談社文庫)

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