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【書評】『風の中のマリア』(百田尚樹著)

 

いつ、命を落とすか分からない世界

 

現代を生きる人間は、そう簡単には死なない。医療の発達、テクノロジーの進化など色々な要因がそうさせていることは既に語り尽くされていることだ。

 

しかし、オオスズメバチの世界は、そうではない。いつ、命を奪われるかわからない。生きるか死ぬかの瀬戸際で、彼ら(彼女ら)は常に戦っている。

 

この点において『風の中のマリア』が描き出す世界は、常に死と隣り合わせだった特攻隊隊員「宮部久蔵」を主人公を描いた『永遠のゼロ』の世界と共通しているのではないだろうか。

 

オオスズメバチ学名ヴェスパ・マンダリニア

 

この物語は、ヴェスパ・マンダリニアのワーカー、マリアを中心として進んでいく。ワーカーというのはハタラキバチのことで、巣の内外で様々な仕事を受け持っている。仕事の内容は、巣作り、巣の清掃、女王バチの世話、巣の見張り、そして、餌を確保するために行う狩りなどだ。個々が自由裁量で好きな仕事をしている。

もちろん、そのなかで狩りを行うのがハンターだ。数多くいるハンターのなかでも、マリアはずば抜けて優秀なハンターであり、ありとあらゆる虫を捕らえ、その肉を幼虫に与えるのが仕事としている。

 

ハンターの危険な狩り

 

ハンターの狩りは、常に危険と隣り合わせだ。狩りに出るようになってから、たった1日で命を落とすワーカーもいる。

 

毎日、巣に帰って来れない「未帰還」のワーカーが出る。その日の朝まで同じ釜の飯を食べていた仲間が突然いなくなる。その心情は察するに余りある。

 

最初の一週間で約三分の一が死に、二週間で約半分が姿を消す。三週間生き延びるのは一割もいないと言うのだから、20日も生きながらえることができれば、それはかなり優秀なワーカーだと言えるだろう。

 

ワーカーとしての淡い恋

 

百田尚樹という作家は、読者のニーズを掴むのが天才的に上手い作家だと思う。恋を本能的にすることがないオオスズメバチのワーカーの物語に、恋愛の要素を取り込んできた。

 

戦いでエネルギーを消耗したマリアは、樹液を吸って疲れを癒すためにクヌギの木に立ち寄る。そこで、別の巣のオオスズメバチ、ヴェーヴァルトと出会う。ヴェーヴァルトはオスのオオスズメバチだ。

 

同じオオスズメバチと言えど、別の巣に属すると、それらは敵対関係にある。時には、餌、栄養を補給する樹液場を巡って殺し合いに発展することもある。

 

しかし、ヴェーヴァルトは違った。自分がいた樹液場をあっけなくマリアに譲ったのだ。通常では考えられない行為にマリアは驚く。

 

「君が女王バチならよかった」

 

ヴェーヴァルトはこう言った。オスのオオスズメバチは、女王バチと交尾し、子孫を残すためだけに生まれてきた存在なのだ。

 

ちなみに、マリアはオスのオオスズメバチを見るのが初めてだった。この理由は、本書を読んでのお楽しみ、ということにしたい。

 

 

風の中のマリア (講談社文庫)

風の中のマリア (講談社文庫)